思い出


中二のときコリークラブのショーでターニャと(約20年前(゚▽゚;))
ターニャの子供を残せていたら、きっとその血液は絶やす事がなかったでしょう。
彼女は母親がアメリカ生まれで、とても受胎しづらい系統(日本の気候に合わなかったらしい)
だといわれていたので何度も交配しましたが一度も子供に恵まれることはありませんでした。
その後、わんこは老齢期に入ってショーとも無縁に過ごしてきましたが
私に転機があり、夢だった北海道の牧場で働くことが決まり、一緒にペックとターニャを連れて行きました。
シェルティに生まれたんだもの、一度はヒツジを追わせてあげたいという夢もかないました。
ペックがもっと若い頃に一緒にいけたらよかったな・・・
それでも一年間め一杯田舎暮らしをエンジョイしてくれました。
二人で野良猫の赤ちゃんを育てたりもしていました。




